きぬたのたぬき

以前記事に書いた「用賀プロムナード」は、用賀駅と砧公園を結ぶ道。

この道の各ポイントには、タヌキの形をした案内板がある。

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タヌキ?

クマのようにも見えるが、これはタヌキである。

案内板以外にも、それらしき形のモノが。

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砧公園の売店では「きぬた焼」を売っている。

きぬた焼に焼印されているのは、これは分かりやすいタヌキの顔。

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なぜに、タヌキ?

勘の良い人はもうおわかりと思うが、砧公園の「砧」を逆に読むと「たぬき」になるから、タヌキが砧地域のキャラクターになっているのだ。

 

以前、砧公園内の世田谷美術館に本物の赤ちゃん狸が迷い込んだ時、地元民は「キヌタのタヌキ!!」(回文)と言って喜んだ。

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世田谷美術館に迷い込んだ狸
世田谷美術館のブログより)

 

世田谷区役所の砧総合支所の公式キャラクターも、タヌキである。

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ちなみに、烏山総合支所はカラス、玉川総合支所は「たませみ」、豪徳寺が管轄内にある北沢総合支所は招き猫が公式キャラクターだ。

「たませみ」は謎の生き物である。

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砧公園から南へ500mほど行った所にある、静嘉堂緑地にて。

またしても、例のタヌキを発見。

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まあ、ここの住所は岡本だけど、砧総合支所の管轄内だから。

 

そう思って歩いていると、この地に伝わる「岡本の大六天森のすねこすりタヌキ」伝説の表示版があった。

昔タヌキが悪さをしていた岡本の村で、優しい娘さんが子ダヌキを助け、タヌキ一家の恩返しを受けたというお話である。

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狸は今も都内各所に出没しているし、世田谷区での目撃報告も多いが、静嘉堂緑地のある岡本一帯は、特にタヌキの一族が棲んでいそうな雰囲気のある所だ。

悪さをする狸は昔から嫌われ者でもあるが、うまく共生して、岡本の伝説のように仲良くなれればよいのになと思う。

 

丸子川親水公園と岡本公園のもみじ

丸子川は、世田谷区~大田区を流れる多摩川の支流。

かつて(江戸時代~1945年)の六郷用水の一部が整備されて川になった。


源流は世田谷区の大蔵と岡本の湧水で、はじめは仙川と並行して南へ流れる。

水神橋の辺りで仙川から離れ、東南へ向きを変えて、静嘉堂緑地の南~二子玉川尾山台国分寺崖線に沿って流れ、大田区田園調布で多摩川に合流する。


このうち、水神橋付近から静嘉堂緑地の南東の下山橋までの岸辺の道が「丸子橋親水公園」となっている。

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岸辺の道

 

この辺りはまだ上流で、川幅は1メートル前後、水深は数センチ。

水が透き通っていて綺麗だ。

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岸辺は緑にあふれている。

特に静嘉堂緑地の南は、人の立入が制限されている「生物の森」に接していて、樹が倒れんばかりに生い茂っている。

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川辺でカワセミを発見。

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この丸子川親水公園の途中に、「岡本公園」がある。

静嘉堂緑地の森の崖下にある、ひっそりとした公園だ。

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池とささやかな遊具があり、だいたいいつも、一、二組の親子が遊んでいる。

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良い雰囲気の竹林もある。

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しかし、岡本公園で何といっても見事なのは、晩秋のもみじだ。

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岡本一帯は、もみじで有名。

江戸時代後期、岡本の隣の瀬田の高台にある行善寺から多摩川方面を眺めた風景八景が「行善寺八景」と呼ばれた。

八景とは、「瀬田黄稲」「大蔵夜雨」「登戸晩鐘」「富士晴雪」「川辺夕烟」「吉沢暁月」「二子帰帆」、そして「岡本紅葉」。

 

「岡本紅葉」は、たぶん、静嘉堂緑地(別名「岡本もみじが丘」)の紅葉をさしている。

行善寺の境内裏からは静嘉堂緑地の丘がよく見える。

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行善寺の境内裏から
右奥に少し赤く色づいて見える森が静嘉堂緑地

 

でも、紅葉は、岡本公園の方が綺麗だと思う。

岡本公園の紅葉は、赤の色が深いのだ。

崖下の環境が、紅葉の色づきや、見た時の印象に影響しているのだろうか。

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岡本公園の奥にあるのは「民家園」。

江戸時代後期の農家を近隣から移築してきて公開している。

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農家の主屋と土蔵と門だけがある小規模な民家園だが、毎月のように季節の行事が行われていて、静かながら活気がある。

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5月、コロナウイルス流行により中に入れなかったが、屋根の向こうに鯉のぼりの吹き流しが見えた

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7月の七夕

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10〜11月の菊展

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10月、葉っぱで作ったコオロギが飾られていた

 

七夕の頃に訪れた時、母屋の前をうろついていたら、「願い事、書いていってください」と管理人のおじさんに呼び止められた。

願いはいろいろあったが、しばし考えて一つに絞り、短冊に書いて笹に結んだ。

何を書いたかは秘密である。

 

岡本静嘉堂緑地の異世界へ

静嘉堂緑地は世田谷区の岡本にある。

別名「岡本もみじが丘」。


明治の時代に三菱財閥を興した岩崎家が所有していた土地で、昭和20年頃まで庭園として管理されていたが、その後は人の出入りがなくなり、貴重な自然が残った。

丘の上には、岩崎家が収集した古書を収蔵する静嘉堂文庫と、岩崎家の霊廟がある。

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最寄りの鉄道駅は東急線二子玉川か用賀だが、どちらの駅からも2km弱ある(二子玉川駅からバスが出ている)。

市街地から離れた丘の上に、東京23区内とは思えない自然と財閥の文化財が残る異世界だ。

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左から倒れてきそうな森が静嘉堂緑地

 

静嘉堂緑地は北を谷戸川、南を丸子川が流れ、谷に囲まれている。

緑地の中へは、北にある静嘉堂文庫正門か、南にある岡本公園脇の階段を登って静嘉堂文庫の裏門から入ることができる(両方とも日によって閉まっていることがあるから、わざわざ訪れる人は事前に問い合わせした方がよいでしょう)。

いずれにしても、異世界へアクセスするためには、丘を登らなければならない。

 

南からのルートは、国分寺崖線の崖を登る急階段だ。

北の正門から入って、それよりは緩やかな坂道を行ってみよう。

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正門から入り舗装された坂道を登る

 

登り坂の起点の右横に脇道がある。

脇道を入ってみると、「トンボの湿地」に出た。

湧水による小川と池のある、ひっそりとした場所だ。

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坂を登りきると、丘の上の広場に出た。

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バスクリン色の池に金魚がいる

 

静嘉堂文庫の建物がある。

大正期に建てられた、シンプルでシックな洋館だ。

外壁のモコモコした溝のあるタイルは、「スクラッチタイル」というらしい。

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静嘉堂文庫は、岩崎家が収集した東洋の古書を所蔵する図書館だが、しかるべき紹介状を持った研究者しか入館できない。

だから私のような一般人は、建物の外観を鑑賞するのみである。

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静嘉堂文庫の隣には静嘉堂美術館があるが、展示ギャラリーの丸の内への移転が決まり、今はもう閉館している。

こちらの建物は近代的だが、コレクションはやはり岩崎家が収集した東洋の古美術品で、世界に三つしかない(三つとも日本にある)「曜変天目茶碗」をはじめとする国宝を7点も含む。

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曜変天目茶碗
静嘉堂美術館のwebサイトより)

 

静嘉堂文庫と美術館のコレクションは、三菱財閥二代目総帥の岩崎彌之助とその子小彌太が収集したもの。

その目的には、明治維新後の急速な西洋化により軽視されるようになった東洋文化を守りたいという、彼らの使命感があったといわれる。

 

美術館には誰でも入ることができたので、丸の内への移転が完了すれば、その貴重な美術品をまた鑑賞できるだろう。

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俵屋宗達源氏物語関屋澪標図屏風
静嘉堂美術館のwebサイトより)

 

広場の東には、雑木林が広がっている。

雑木林を少し入った所に、岩崎家の霊廟(納骨堂)がある。

あの鹿鳴館を設計したジョサイア・コンドルのデザインによるものだ。

ギリシャ正教風十字プランといって、上から見ると十字架の形をしている。

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手前の両サイドに狛犬が鎮座している。

狛犬も、そこいらの狛犬とはどこか違い、セレブな感じだ。

伝統的な狛犬は右が獅子で左が犬らしいが、彼らはどちらも威厳のある獅子だった。

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雑木林の更に奥へ行ってみる。

雑木林の南側は、落差が20m近くにもなる、国分寺崖線の崖だ。

崖の斜面一帯は「生物の森」となっていて、自然環境を守るため人の立ち入りが制限されている。

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「生物の森」へ降りる急な階段

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しかし「生物の森」は立入禁止
ここから最初に丘を登った坂の起点に戻れる

 

もともと、マイナーな静嘉堂緑地。

美術館が丸の内に移れば、訪れる人は更に減るだろう。

岩崎親子が収集した東洋の宝は、より多くの人に観られた方がよいから、美術館の移転は決まってよかったと思う。

美術館が移転しても、庭園や林の管理は続けられると聞いているが、数年後の静嘉堂緑地はどんな場所になっているだろう。

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雑木林の中にミステリースポットを発見。

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わずかに盛り上がった土の上に、家の形の石像が一つ。

少し離れた所にキノコ型の石像が三つ。

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岩崎家とは関係なさそうだな。

 

二子玉川 多摩川河川敷の旅

二子玉川にある兵庫島公園と二子玉川公園の間の多摩川左岸の河川敷に、まっすぐな砂利道が伸びている。

砂利の粒は細かいから、ロードバイクなら走れそうだが、この道はほぼ歩道だろう。

晴れた日にここを歩くと、気持ちが良い。

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兵庫島公園の方から、多摩川下流方面へ歩いてみよう。

 

左岸にそびえるのは、二子玉川ライズのビル。

行く手の先の右岸には、武蔵小杉のビル群が見える。

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左岸の堤防を越えた岸の上に、松の木が数本立っている。

もともとそこにあったものかもしれないが、昔川辺にあった松林の松が、二子玉川の再開発や新堤防建設で伐採された際に、移植されたのかもしれない。

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駅前のライズショッピングセンターが開業したのが2011年。

兵庫島公園より下流域の新堤防ができたのが2014年。

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ライズのテラスマーケット

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新堤防

 

新堤防ができる前の二子玉川には、川辺に桜並木と松林が続く、すばらしい風景があったという。

新堤防は、この辺りの多摩川流域に甚大な被害をもたらした2019年の台風19号襲来時も、堤防のできていた区域を川の増水から守り、その役目を果たした。

やはり背に腹はかえられない。

工事の都合上、木々の伐採も仕方なかったのかもしれない。

それでも、松林のある川辺の風景を、見たかったなあと思う。

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これは二子玉川ではなく狛江の五本松
今も松が残っている

 

ちなみに、河川敷と岸辺の住宅地を隔てているのが新堤防だが、住宅地とライズショピングセンターの間(つまり住宅地より内陸)には旧堤防がある。

旧堤防の北に沿う道路が「多摩堤通り」。

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旧堤防と多摩堤通り(左側)

 

旧堤防には、「陸閘(りっこう)」と呼ばれる、赤レンガ造りの切り込みの跡も見られる。

陸閘は堤防の内と外の間の通り道だが、洪水の時は、門か蓋を閉めなければならないものであったはずだ(でもそのような構造は残っていない)。

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河川敷の道に戻ろう。

しばらく歩くと、左岸に、川に向かってテラス状に開けた階段が見えてくる。

階段の上は、二子玉川公園の「眺望広場」だ。

ライズショッピングセンターや二子玉川公園は、いわゆる「スーパー堤防」に似た構造の、幅の広い高台の上に造られている。

眺望広場の名にふさわしく、いつも誰かが階段に座って川を眺めている。

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上段

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下段

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眺望広場側から多摩川を眺める

 

もう少し下流の方へ進む。

土手に桜の木があった。

この桜は伐採されずに残ったのだな。

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上流方面を振り返れば遠くに奥多摩の山々も見える

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第三京浜多摩川橋を通り過ぎる。

この辺りの住所は玉川〜上野毛を過ぎて、野毛である。

対岸の武蔵小杉は近いように見えて、まだまだ先だ。

河川敷にお化けの森みたいな藪が現れる。

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第三京浜多摩川橋

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この辺で引き返そうか。

 

その時、お化けの森の向こうの原っぱの中に、何かの頭が見えた。

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ライオンだ。

最近少し有名になってきた「孤独なライオン」。

河川敷の窪みの中に、体が半分埋まっている。

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孤独なライオンは、Google Mapにも載っている。

はじめ見つけた時は何かの不法投棄かと思ったが、Google Mapにも載っているのだから、もう立派なランドマークだろう。

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夏は周りの草が伸びて、本当にサバンナにいるライオンのような風情になる。

以前は他にも仲間がいたという話だ。

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たしかに孤独だな。

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多摩川の増水時には、孤独なライオンも簡単に水没してしまうだろう。

もしかしたら、そんな時でも何とか流されないように、体が埋まっているのかな。

またね、孤独なライオン。

 

 

生田緑地 枡形山展望台の十二支像と夜景

枡形山は、神奈川県川崎市の生田緑地の中にある。

当ブログのテーマである世田谷のスポットではないが、とても印象に残る場所だったので、書き留めておく。

 

生田緑地は、川崎市多摩区から宮前区にかけて広がる、自然豊かな総合公園。

約180万㎡の広大な敷地に、自然探索路、プラネタリウムのある科学館、日本民家園、岡本太郎美術館、ホタルの里などが点在しており、その北寄りの一角に枡形山がある。

 

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枡形山は、四方を崖に囲まれ、山頂がテーブル状になっていて、その名の通り枡の形をしている。

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頂上の海抜はわずか84m。

登山道には階段も整備されているし、小さな子供でも登れる低山だ。

ただ、少し急な箇所もあるため、お年寄りなどにはキツいかもしれない。

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生田緑地の東口から近い登山道

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登山道で見られる地層

 

山頂に着いて「枡形門」をくぐると、そこは広場になっている。

ささやかな遊具、トイレ、自販機があり、子供が遊んでいた。

桜の樹が植えられておいて、春はお花見スポットとなる。

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山頂広場(冬)


鎌倉時代から戦国時代初めにかけて、枡形山には枡形城があった。

四方を崖に囲まれた地は天然の要塞となり、北を流れる多摩川を堀と見立てた山城は、鎌倉防衛の北の前線となった。

鎌倉時代の初めに、源頼朝重臣として活躍した稲毛三郎重成が、ここを居城とする。

稲毛氏が滅びた跡も、枡形城は戦場の拠点として使われ、北条早雲今川氏親など、戦国時代の幕開けに関わる武将たちに利用された。

残念ながら、今はもう城の遺構は残っておらず、尾根筋に堀切の跡が確認されているだけである。

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広場の奥に、楼閣風の建物立っている。

これが枡形山展望台だ。

1階部分が、なぜか能の舞台になっている。

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エレベータか階段で最上階へ上がると、ぐるっと360°建物を囲むバルコニーがあり、そこが展望台になっている。

 

北には、多摩の街。

北東には、都心のビル群。

南東に広がる生田緑地の森。その遥か向こうに横浜のビル群が見える。

南西には、丹沢と富士山。

西には、よみうりランドの向こうに奥多摩の山々。

視界が良ければ、北に北関東の山々、南東に房総半島も見えるそうだ。

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北東の都心のビル群

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南西の丹沢と富士山

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西の奥多摩の山々

 

バルコニーの手すりの支柱に、方角を示す十二支の動物像がついていた。

展望台にぴったりのオブジェではないか。

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関東平野の眺望と十二支像を堪能していたら、いつの間にか日が傾き、夕刻に。

 

東方の川崎から都心にかけての市街地に、ぽつりぽつりと灯りが灯り始めた。

灯りはだんだん増えていき、寂しかった夕暮れの街が、徐々に華やかになっていく。

遠くには、冬カラーの暖色系の東京タワーが大気に揺れて煌めき、宝石のようだ。

 

西方には、東の市街地が華やかさを増していくのとは対照的に、闇に沈んでいく生田緑地の森があった。

闇は刻一刻と深くなっていく。

夜になれば、この森の中をタヌキが走り回るのだろうか。

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生田緑地の森(日中)
中央奥に見えているのは武蔵小杉のビル群

 

夕暮れの空が紫のグラデーションに染まる。

そこに浮かび上がる、十二支の動物たちのシルエット。

東の空には、大きな月も登ってきた。

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実際はもっと綺麗です

 

時は11月下旬。

冷える時期だったにもかかわらず、展望台にはけっこう人が来ていた。

みんな、夜景を狙って来たわけではなく、夕方まで居たらたまたまマジックアワーが始まって、そのまま見入ってしまったという感じだ。

なぜこんなマイナーな所に来たのか分からない若いカップルもいて、夜景に感動していた。

 

枡形山展望台から望む、この黄昏時の夜景は、実は晩秋〜冬の時期にしか見ることができない。

枡形山展望台は、一年を通じて17時に閉館してしまう。

春〜初秋の17時頃は、まだ明るくて、夜景を見ることができないのだ。

17時より前に日が沈み、それからしばらく夜景を楽しむとすると、夜景の見頃は11月〜1月となる。

 

ただし、この時期、枡形山山頂に夕方までいる場合は注意が必要だ。

登山道には灯りが無く、帰り道は真っ暗。

スマホのライトで道を照らしながら下山するはめになった。

何か灯りになるものを持って、怖がりの人は誰かと一緒に来た方がよいでしょう。

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晩秋の生田緑地は紅葉も美しい

 

春はうららかなお花見の場となる枡形山。

その春をまだ先に待つ晩秋の夕方に、この時期にしか見られない薄明の夜景を楽しむのもよいものです。

 

兵庫島公園で水神探し

兵庫島公園は、二子玉川駅から歩いてすぐの多摩川河川敷にある公園。

多摩川に支流の野川が合流するポイントで、二つの川に挟まれた場所に「兵庫島」と「兵庫池」がある。

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公園は橋にも挟まれている。

下流側に二子橋、上流側に新二子橋

二子橋に並行する鉄道用の橋を、東急田園都市線大井町線の電車がひっきりなしに渡る。

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二子橋と、並行する東急線の橋

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新二子橋

 

公園の元となった兵庫島は、昔は本当に中洲の島だったが、現在は河川敷と陸続きになっている。

たび重なる多摩川の洪水で島が移動して陸とくっついたのだ。

小高い丘にこんもりと木が茂る兵庫島は、今も「島」のように見える。

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兵庫島という名の由来は、室町時代まで遡る。

1358年、兵庫島の上流の稲城矢口の渡で、かの新田義貞の子義興が足利軍に攻められて敗れた。

この時、義興の従者だった由良兵庫助も自害し、その死体がこの地に流れ着く。
災いを恐れた村人たちは兵庫助の遺体を島に供養し、これが島の名の元となった。

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兵庫島の丘の上は静かだ。

藤棚の下にベンチがあって、木陰で一休みできる。

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兵庫池(別名ひょうたん池)は人工の池。

多摩川と野川が流れているのに、なぜその間に人工の池まで造ったのかと思うが、少なくとも遠目には、このひょうたん形の池が、公園の水気に満ちた美しい景観を作り出している(近寄って見ると、ヘドロが溜まっていて綺麗でないのが残念)。

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それに、兵庫池に注ぐ人工の小川は、子供たちの良い遊び場になっている。

この辺りの、特に野川合流地点の多摩川の流れは意外と速い。

過去に子供が流されて死亡する事故も起きており、気安く水に入る人も少ない。

人工の小川の方でなら、子供も安心して水遊びできる(小川の水は綺麗)。

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多摩川の中州または昔の兵庫島を再現しているのだろうか

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人工の小川の湧き出し口

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湧き出し口の先にも空の溝が続く

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溝の終端

 

多摩川の水際まで行ってみる。

川岸の石段に腰掛けて思い思いに川を眺める人々がいる。

ちょっと京都の鴨川デルタっぽい。

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午後になると石段に座る人が増える

 

間近に見る多摩川は、やはり大河だなあと感じる。

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野川の周りは昨年の秋頃からずっと堤防工事中で、野川に架かる「兵庫橋」も通行できなかったが、今年の夏に一区切りついて橋が再開した。

二子玉川駅方面からは兵庫橋を渡って兵庫島公園へ入る。

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野川の水はとても綺麗。

魚もたくさんいて、工事の前は兵庫橋の周りで糸を垂れる釣り人が多かった。

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兵庫橋の近辺は、2019年の台風19号襲来時に川の水が溢れて住宅地が冠水した場所だ。

ここより下流の方では当時既に頑強な堤防ができていて出水も無かったが、兵庫橋付近は整備が遅れていて、被害が出てしまった。

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2020年秋の写真

 

その対策となる新しい堤防ができていた。

整備はまだ完了ではなく、令和6年度まで工事が続くらしい。

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新しい堤防の東側の、東急線の高架下の辺りには、シートカバーがかかった所(土砂か何かか?)が残っていた。

あの時の台風の爪痕は、まだ消えていない。

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兵庫島公園のどこかに水神の祠があると聞いて、探してみた。

これだろうか?

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以前はもうちょっと立派な祠が別の場所にあったらしいが、今はこれが、目立たない場所にあった。

兵庫島公園に来たら、みなさんも水神様を探してみてください。

 

鎌田耕地前緑道と地下世界

二子玉川の西北にある鎌田の町に、花に縁取られた緑道がある。

「鎌田耕地前緑道」。

鎌田3丁目の介護施設のある辺りから、静嘉堂緑地の南側にある岡本公園の前まで、約200m続く緑道だ。


道の両側には、さまざまな花が植えられている。

「緑道の管理については地域住民と世田谷区が協定を結び、清掃管理活動を行う」と表示版に説明があった。

実際、よく手入れされていて、沿道のカラフルな季節の花は、通行人の目を楽しませている。

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さて、この緑道の下は何だろう?

ゆるく蛇行した道は川の暗渠を思わせるが、川ではない。


地図には「水道みち」とある。


そう、この道の下には、水道管が通っている。


鎌田2丁目の砧下浄水所で汲み上げ・浄化された多摩川の伏流水が、「水道みち」を通って、岡本や用賀の住宅地の地下を流れ、駒沢の給水塔まで送り出されているのだ。

鎌田耕地前緑道は「水道みち」の一部である。

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水道みちは静嘉堂緑地の丘も貫いていて、丘の南面と北面には「岡本隧道(ずいどう)」と呼ばれた、トンネルの入口と出口の跡が残っている。

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かつて大正の頃には、駒沢の給水塔から更に渋谷まで水が送られ、渋谷の町を潤していた。

今、その機能は他に移り、駒沢給水塔は災害時の給水拠点となっている。

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駒沢給水塔

 

世田谷区にはたくさんの緑道がある。

蛇崩川緑道、北沢川緑道、烏山川緑道、目黒川緑道、呑川緑道、九品仏川緑道。

これらは、暗渠化された川筋の上に造られた緑道だ。

区の南西部には、まだ川面を見ることができる多摩川の支流が多いが、北東部の川は、そのほとんどが暗渠となっている。

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蛇崩川緑道

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呑川緑道(この辺りは開渠で横に小川が流れている)


この地面の下には、幾多の水脈が走っているのだ。

まるで、メキシコの水中洞窟のように。

そこには、知られざる地下世界があるかもしれない。